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茶道美談』に出てた小話。

 四国猿の茶壺
   四国猿と称する茶壺あり、小ぶりにて、口の所と、
   底とに赤き薬を掛けありと云ふ、太閤秀吉などには
   アツツケの茶壺なるべし。

「アツツケ」って、
「あてつけ」でいいんだろうか?
2010/11/09(火) その他の小話 COM(0)
続 星と伝説』より、星信仰について。

平安期、陰陽道・宿曜道が栄えると、
星祭りが盛んになった。
中期以降は特に北辰と北斗七星が崇拝され、
朝廷では星に灯明を捧げる祭事「御灯」(みあかし)が行われた。
こうした信仰は民間に広がって、
北辰に灯を備え福を祈る際に男女入り混じって歌舞を行うようになり、
風俗が乱れたために禁止された。

その後、朝廷でも信仰は衰えて御灯の行事も途絶えたが、
中世以降、日蓮宗が力を持つと、
北辰妙見信仰が再び盛んになった。

もともとこの北辰妙見信仰は推古朝時代、百済から伝わったもの。
周防吉敷郡高原の氷上山は、
この信仰をもたらした百済王子の子孫・多々良氏の聖地で、
毎年2/13に北辰を祀っていた。

そしてこの多々良氏は、戦国大名大内氏の本姓。

だから大内氏は、大内家壁書(大内氏掟書)で、

 鷹餌鼈亀禁制事  為鷹餌不可用鼈亀并蛇也
 「鷹の餌として鼈亀ならびに蛇を用いてはならない」

と定めた。

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2010/11/07(日) その他の小話 COM(0)
江戸お留守居役の日記―寛永期の萩藩邸 (講談社文庫)』、面白い!
こちらは萩藩の江戸留守居役・福間彦右衛門さんの日記を元にした本。
江戸にあって将軍家や他藩との交渉窓口となった留守居役の仕事が、
あれこれ記されている。

留守居役の仕事でもちろん一番大事なのは外交折衝なんだけど、
そのためにコネを作って維持することにとても気を遣っている。
幕府要人、その用人や、
仲介役の「心安き旗本衆」と良好な関係を築くために、
日頃からあれこれ進物を贈ったり便宜をはかったりとか。
でも彼らからの牢人の就職依頼はすべてお断わりするのが毛利藩流w

そういう大きな仕事の話も面白いんだけど、
日常の小さなトラブル話も面白い。
衆道関係のもつれから武家奉公人の雇用にクレームが来たり、
藩士が誤認逮捕されちゃったり、
藩邸の下女が放火しちゃったり、
藩士がこれまた衆道がらみで殺人事件起こしちゃったり、
(萩藩としては1608年に衆道禁止しているそうだが)
藩士が牢人の詐欺に遭ったり。
人が多いといろいろあるよねw

で、基本的に江戸町人は他国の藩の言うことを聞かないw
なので町人がらみのトラブルの時は、
町奉行にお願いする必要があるので、
ここでも日頃のつきあいが影響してくる、と。

スマートで頭の回転がいい人じゃないと務まらない役目だー。
2010/11/05(金) その他の小話 COM(0)
江戸お留守居役の日記―寛永期の萩藩邸 (講談社文庫)』より。

幕府が大名に与えた屋敷は「拝領屋敷」
大名が百姓地や町人地を買い取る等して造った屋敷は「抱(かかえ)屋敷」
ただし江戸初期は、
大名が江戸の土地を所有することは認められていないので、
こっそり借り上げるという形をとったらしい。
いつの時代も法の抜け穴を探してくぐるものなんだなw

屋敷が2つある場合は、それぞれを「上屋敷」「下屋敷」と呼び、
3つあれば「上屋敷」「中屋敷」「下屋敷」とする。
大きな大名はさらに他に「蔵屋敷」を購入する。

改易された大名が出たりすると、
その屋敷を拝領したいという願いが各大名から出されるそう。

1665年、4代家綱が人質廃止するまで、
どの大名も何人かの人質を置いていた。
大名嫡子、正室の他、
一門・家老からも人質を取っていて、
それぞれが多くの家臣を連れているから居住スペースは結構なものに。

江戸詰の上級藩士も家来や奉公人を連れているから、
これまた1部屋に入れておくわけにもいかない。

藩主がいる時には総勢2千人くらいが江戸にいたという記録があるから、
そこらの村の人数より多そうだw
そりゃ手狭になるよなー。

入りきらない藩士は「町宿(ちょうしゅく)」といって、
江戸町方に居住したそう。
なるほどー。
2010/11/05(金) その他の小話 COM(0)
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