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筑後久留米藩主・有馬氏。
正直全然印象に残ってなかった家なんだが、
(有馬記念くらい?w)
ちょっと調べてみたら結構面白い。

初代・有馬則頼
赤松氏庶流の有馬氏に生まれ、秀吉の中国征伐の際に臣従。
武功があって気に入られてもいたようで、大名に取り立てられる。
が、秀吉死後は家康に接近、
68歳で関ヶ原にも出たらしいw
2年後に死去。
長男は小牧長久手で戦死していたので、
遺領は次男の豊氏へ。

二代目・有馬豊氏
姉が嫁いでいた秀次付家老・渡瀬繁詮の家老を務める。
秀次事件で渡瀬家が取りつぶしとなると、
領地の横須賀3万石と家臣をそっくり引き継いで大名に。
秀吉死後は父とともに家康に接近、
関ヶ原の功で福知山6万石に加増転封し、
後に父の遺領である摂津三田2万石の継承も許されて8万石。
そして大坂の陣での功から、
ついに筑後久留米21万石の国持ち大名にまで出世。
69歳で島原の乱にも出ているあたり、父似w

細川さんほど派手じゃないが、
世渡り上手だよなー。
主君の所領&家臣継承は、龍造寺と鍋島を思い出した。
則頼が秀吉に気に入られていたってこともあるのかな?
父親の遺領継承が許されたのも、
徳川家からの覚えがめでたかったからだろうし。
2011/10/20(木) 有馬さん COM(0)
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