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今日読んだ話は、
徳川さんちの長丸くんに
名乗りを斡旋して失敗した三成の話。

此以後石田は諸事大谷が指圖を受く。

という失敗後の三成がちょっとかわいいw
失敗はちゃんと反省、分析して、
二度と同じ過ちをくりかえさないように努力しているし、
友達には素直なんだけどなあ……。
なんか敵が多いんだよなあ……。
2013/01/28(月) 石田さん COM(0)
吉継の膿が落ちた茶を飲み干した三成。
三成の敗戦を予想しながら味方した吉継。
ふたりの友情物語は有名。

当時の文化を考えると、
ほぼ男同士の友情=衆道となってもおかしくないのに、
これまでそちら方面の話は見たことがなかった。

が、『武功雑記』でついに見た……。

自分を叱り、頭をはたく吉継と知音になって、
はたかれるたびに「忝(かたじけない)」と言う三成……。

原文に「恋慕」ってあるんだから、
ただの親友ってことじゃないだろうw
それにしてもS吉継にM三成……さすがレベル高い。
2012/08/15(水) 石田さん COM(0)
事典にのらない戦国武将の居城と暮らし (別冊歴史読本 93)
石田三成の項。

 近江国犬上郡大滝村(現多賀町)に、当時の佐和山城の栄華をしのぶ童謡(かんこ踊り)の一節が伝えられている。

  一、おーれは都のものなれど
    近江佐和山見物しよ
  二、大手のかかりを眺むれば
    金の御門に八重の堀
    まずは見事なかかりかよ
  三、御門を入りてこのまたかかりを眺むれば
    八つ棟造りに七見角
    まずは見事なかかりかよ
  四、裏の御門まず出て北を眺むれば
    裾はみずうみ
    梢みごと

 この童謡から推測すれば、城の外観はかなり豪華絢爛であったようだ。もしかすると、三成は見栄っ張りの一面と宵越しの金は持たぬという気質もあったようである。

まさかの三成江戸気質説w
いや、江戸っ子は、
見えるところじゃなくて、見えないところに凝るんだっけか?

普通に考えると、
三成はあれこれ格好つける必要があったのかなとも思った。
自分こそ中枢であると自負していただろう豊臣政権は
周囲に派手な印象を与えていただろうから、
よけいにそうだったのかもしれないな。

だけど三成本人の印象は決して派手じゃないのが、
面白いところでもあり、哀しいところでもあるのかもしれない。
2011/06/15(水) 石田さん COM(0)
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