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事典にのらない戦国武将の居城と暮らし (別冊歴史読本 93)
水野勝成の項。

 (備後福山)城は海に臨む平山城であったから、城南に広がる城下町は葦の生い茂る沼沢地であった。福山城が別名を「葦陽(いよう)城」というのは、ここに由来する。そのため城の下まで「浜川」と称する入江から海水が入り込み、漁船が外濠に進入して東門の橋下を過ぎて上魚屋町の岸へ繋留した。したがって朝早くから魚の競り売りの喧騒が城中にかまびすしかった。城主水野勝成はこれを嫌い、東門の入江の頭を築切らしたので、外濠の水深はいよいよ深くなり、鯔が群をなして泳ぐようになった。
「見たか聞いたか福山のお城、前のお堀に鯔が棲む」
 これはそのことを歌った当時の俗謡である。

ボラって、時々大量発生してニュースになる魚だよなw
勝成が外濠を見ると、こんな感じだったりしたのか。

というかその前に、
外濠という場所が、
そんなに簡単に漁船が進入できることに驚いたw
案外ルーズだったのかな。
勝成が嫌ったのも、
民間漁船の進入そのものよりも、競り売りの声みたいな書き方だしw
2011/06/18(土) その他の小話 COM(0)
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